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東京高等裁判所 昭和53年(う)1505号 判決

被告人 宇都美次こと新里良光

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中四〇〇日を原判決の刑に算入する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人杉井健二、同森谷和馬の提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事親崎定雄の提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用し、これに対して、当裁判所は、次のとおり判断する。

一  控訴趣意第一について

所論は、要するに、本件公訴の提起は令状主義を潜脱する違法な別件逮捕、勾留に基づいてなされたものであり、また、捜査官は右の逮捕、勾留の過程において被告人に対し弁護人との接見を妨害するなどの不当な措置に出たほか、被告人を連日長時間にわたり取調べたうえ被告人に対し脅迫、暴行、拷問等を加えたものであるから、これらの取扱いを経てなされた本件公訴は違法、無効で棄却されるべきであるのに、原判決が被告人に対し有罪判決を下したのは違法である、というのである。

しかしながら、関係証拠によれば、右の点に関し原判決が説示するところは十分に首肯することができる。本件の逮捕、勾留等の経緯並びに事実関係につき黙秘を貫きとおした被告人を取り調べた状況に関し、これらに関与しあるいは取調を担当した捜査官国井重男、岡田照彦、高橋勇三が原審において証言する内容はいずれも所論指摘のような事実はない旨明言するものであり、これらの証言は自然で具体的であり、虚偽ないし作為を窺わせるものは全くなく、その他その信用性を疑うべき証跡もないから、所論指摘のような違法の廉はなにもなく、捜査に違法、不当があることを前提として原判決を論難する所論はその前提を欠き失当というほかはない。論旨は理由がない。

二  控訴趣意第二の一について

所論は、要するに、(1)爆発物取締罰則は法律ではなく、その形式的性質において単なる命令として存続してきたにすぎないものであるから、昭和二二年法律第七二号によりその効力を失つたもので、違憲無効であり、(2)右罰則は行為者の内心に属する思想、信条並びに行為者の抱いている治安を妨げる目的それ自体を処罰しようとするものであるから、法の下の平等を定めた憲法一四条、思想、良心の自由を保障した同法一九条に牴触するもので無効であり、(3)右罰則全体、特に右罰則一条はその構成要件が明確を欠くことが顕著であつて、濫用の危険を招来するものであるうえ、反体制運動を弾圧するための治安立法としての役割を果たすことを目的として制定されたものであるから、その法定刑は行為態様に相応しておらず、著しく苛酷な重罰であつて合理的根拠を欠き、罪刑法定主義を定めた憲法三一条に違反し無効であるから、本件につき右罰則を適用した原判決には法令の適用を誤つた違法がある、というのである。

しかしながら、爆発物取締罰則が現行憲法施行後の今日においても、なお法律としての効力を保有しているものであることは最高裁判所の判例(昭和三四年七月三日第二小法廷判決・刑集一三巻七号一〇七五頁)の明らかにするところであり、また、同罰則は、爆発物の使用行為を処罰の対象とするものであり、人の思想、信条、行為者の抱いている治安を妨げる目的それ自体を処罰しようとするものではなく、同罰則一条の構成要件は明確性に欠けるところはなく、同条所定の刑罰も、その犯罪行為が公共の安全と秩序の維持という法益に対する重大な危険性を有するものであることに照らし、処罰の合理的な根拠を欠いた苛酷な重罰を定めたものともいえないことは最高裁判所の累次の判例(昭和二三年六月三〇日大法廷判決・刑集二巻七号七七七頁、同四七年三月九日第一小法廷判決・刑集二六巻二号一五一頁、同五〇年四月一八日第二小法廷判決・刑集二九巻四号一四八頁等参照)の趣旨に照らして明らかであり、当裁判所もこれと異なる見解に立つ必要をみないから、右罰則が全体として、また特に同罰則一条が違憲無効であるとの所論はいずれも失当であつて採用できない。

三  控訴趣意第二の二、三及び第三について

所論は、要するに、原判決は、本件の手製爆弾を爆発物にあたるとし、特に、被告人が本件爆弾をその時限装置が作動する状態に設置した行為をもつて爆発物取締罰則一条にいわゆる爆発物の使用にあたると評価・判示しているが、同罰則一条にいう爆発物にあたるかどうかは爆発すべき本体と起爆装置の双方を勘案し、両者が合体して爆発する可能性があつたかどうかを判断すべきであり、同法条にいう爆発物の使用とは、爆発可能性を有する物件が現実に爆発することを意味するものと解すべきであつて、たとい現実に爆発することを必要としないとしても、少なくとも爆発物が客観的、物理的に爆発する可能性のあることが必要不可欠の要件であると解すべきであるから、これと異なる解釈のもとに本件が爆発物を使用した場合にあたると認定処断したのは、爆発物の使用に関し事実を誤認し、同罰則の解釈適用を誤つたものである、というのである。

そこでこの点について検討を加えるに、原判決の挙示する証拠並びに当審における事実取調の結果(とくに、和田健雄、青山喬の各証言)によると、被告人が爆発物を使用したと認定した原判決は以下の理由により十分にこれを肯認することができ、原判決には所論のような事実誤認はなく、法令の解釈適用にも誤りはない。すなわち、

(1)  まず、被告人が原判示の共犯者とともに警視庁板橋警察署養育院前派出所脇に置いた手製爆弾は、長さ約一五センチメートル、外径約五センチメートルの円筒形鉄製パイプの管体内に、トリニトロトルエン、塩素酸ナトリウム、ピクリン酸ナトリウムを混合した爆薬を入れたポリエチレン様小袋を詰め、管体の両端は管体の底及び金属板でふさがれており、この本体内に起爆装置を装着したものであるが、その起爆装置は、濃硫酸を入れたプラスチツク製スポイトの先端(吸注入口)に、化繊綿を詰めた細いプラスチツク管(内径四ミリメートル)の上端を接続し、起爆薬である雷汞と塩素酸カリウムの混合物を包んだビニール袋(ポリエチレン様皮膜)のなかに右プラスチツク管の下端を埋めた状態にして結びつけて接続し、右プラスチツク管をわん曲させて楕円型の輪にしたもの(いわゆる「うなぎ」と称される時限起爆装置)であつて、スポイトの頭部は前示の爆薬入りの鉄製パイプの本体の上部から突き出して直立し、スポイトの末端はプラスチツク管とその管内で接合し、起爆薬の包とプラスチツク管とが爆薬中に位置するように本体のなかに取りつけてあるのであるが、スポイトの先端に穴をあけるか先端を切除することにより、流下する濃硫酸が流下圧及び毛細管現象によりビニール管内の化繊綿を伝わつて徐々に流下した後に上昇し、相当の時間経過後に末端の起爆薬に接触した際に化学反応を起こすことによつて起爆薬を発火爆発させ、その爆発エネルギーで薬品を点爆させる構造のものであり、それ自体直ちに爆弾として使用できるように完成されたもので、本体ならびに起爆装置を合わせてみると、その起爆の方法、時限発火機構に特段合理性を欠くものはないと認めることができる。

ところで、所論は、本件爆弾の起爆装置は、起爆薬を収めたビニール袋とプラスチツク管とを接着剤を使用して密着させてあり、プラスチツク管内の気密性が高度に保たれているため、管内の気圧によりスポイトからの濃硫酸の流下は少なく、末端の起爆薬部には到達しないこと、さらに、そのような状態でもプラスチツク管内の化繊綿を伝わつて一部浸出流下した濃硫酸がU字状の管内の底部から上へ毛細管現象によつて上昇することはありえても、内径四ミリのプラスチツク管では上昇は最大七センチメートルでとまり、これを超えることはないのであるが、本件の「うなぎ」の底部からの高さは七センチメートルを超えるものであり、毛細管現象によつても起爆薬に濃硫酸が到達することはありえないから、起爆装置のこのような欠陥は本件爆弾の本体における基本構造上の原理的な欠陥であり、本件爆弾が結局不発に終わつたのもそのためであるから、これを目して爆発物であるとか、爆発物を使用したとか評価することはできない、というのである。

そこで進んで審究するに、本件爆弾の本体及び起爆装置の各構造は前判示のとおりであるが、これが物理的に爆発する危険性を否定できないことは関係証拠に照らして優に認めることができる。すなわち、本件の起爆装置(「うなぎ」)に即して作出した装置を使つて硫酸の流下状況について実験をおこなつた和田健雄の実験結果及びこれに関する同人の原審及び当審における証言によれば、二一例のうち一九例において濃硫酸が落下して試薬に到達し、うち二例においては、プラスチツク管内に詰める化繊綿の粗密度、詰め具合によつて到達時間の遅速はあるにせよ、到達したのち発火、燃焼の反応発現の結果が得られたこと、本件のいわゆる「うなぎ」の現物には気密性を保たせるためにビニール袋とプラスチツク管を接着させるべく接合部分を糸で緊縛し、その上をビニールテープで巻いてはあつたものの、さらにその部分に接着剤が塗られて固められた形跡はなかつたこと、また、スポイトとプラスチツク管、プラスチツク管とビニール袋とはその材質上すき間なく接着できる状態は形成しにくく、ビニール袋がプラスチツク管に巻きついている場合にはひだになつていたりして接着効果が乏しいもので気密性を実現し難いものであること、この点は接着剤を接合のため用いても同様であること、さらに気密性がなんらかの理由により得られるにしてもその程度は一様ではないこと、したがつて気密性の故にすべての場合に常に本件の起爆装置の爆発が妨げられることはないと認められること、さらに前記の和田健雄の流下実験には格別不適切・不備な点はうかがわれず、気密性をも意識しつつ行なわれたものであること、以上の各事実を認めることができる。右の事実に徴すれば、本件起爆装置が不発に終わつた事由は、本件爆弾が水没処理をされたため、どのような原因に由来するものであつたかは確定し難いにしても、本件爆弾の起爆装置は、スポイト内の濃硫酸をスポイトの先端を切除することによつてプラスチツク管内の化繊綿に落下させ、徐々に浸透、さらに上昇させて起爆薬に到達させるという基本構造のうえでは格別の欠陥はなく、この起爆装置とこれを収めた本件爆弾本体は、合体して爆弾としての作用を果たし、爆発を惹起する高度の危険性をもつたものと認められる。これが爆発物取締罰則一条にいう爆発物にあたることは明らかである。

もつとも、所論に添い、右認定と相容れない山下雅道作成の鑑定書及び同人の原審及び当審における各証言が存するけれども、同証人が実施した実験は、和田健雄の実験が本件の「うなぎ」の現物とほぼ同様のものを作つて実験を多数例試みたのと異なり、接着剤を使用して完全な気密性の生じたものを数例作り、接着剤を用いない対照体を若干例作つて行なつたものであり、山下雅道が「うなぎ」の気密状態について設定した完全な密閉状態という条件は本件の「うなぎ」の現物自体の気密性とは様相を異にするものであつたこと、そしてそもそも右の気密性の程度は接着剤の塗り方によつても影響を受けるものであることを同人自身が自認していること、また、同人の実験はプラスチツク管を直立させた、しかも静止状態でのみなされたものであつたこと、しかるに、本件では関係証拠によれば、本件爆弾を直接携行して原判示の場所に置いて来た尾崎力は、同所から一〇メートルないし二〇メートル手前で右のスポイトの口をカミソリで切除した後にも、これを運搬して移動させ、前判示の場所に立てかけて置こうとしたのであるが、その際一度これを横倒しにしたあと立てかけた事実が認められるのであるから、たしかに本件の「うなぎ」の現物の高さは底部から七センチメートルを優に超えるもので、ほぼ一〇センチメートルであつたにしても、右の尾崎の行為により「うなぎ」内の液の運動すなわち濃硫酸の流下等に影響を及ぼしたこともありうると考えられること、さらにまた爆発物の時限起爆装置を作動する状態にした後においても、当初は予想しなかつたような外力がたまたま加えられて、その物の移動・転倒・震動を来たすような事態も一般的には十分ありうると思われること、しかるに山下雅道の実験は右のような本件における具体的状況ならびに一般に考えられる状況をくまなく想定して行なつたものではないこと、以上の事実に照らして検討してみると、同人の鑑定結果及びこれに関する同人の公判証言は、前記の認定を覆すに足るものということはできない。記録上他に右認定を左右するに足る証拠はない。(なおプラスチツク管末端が気密をもつて封じられていない場合は、化繊綿の充填量を一つのパラメーターとして濃硫酸が「うなぎ」の末端に達することがあり、これが確率論的事象であることは、山下証人自身自認することである。)そうしてみると、「うなぎ」のうちプラスチツク管とビニール袋との結合方法をいかようにするかは本件の起爆装置を製造するうえでの基本構造上の原理であるということはできず、手作りにあたつての付随的な一事情にとどまるものといわなければならない。

そうしてみると、仮に本件の起爆装置に欠陥があつたとしても、関係証拠によれば、本件の爆弾を設置する際これが不発の原因となることは被告人や尾崎(同人は本件の直前本件のと同じような爆弾の爆破実験に立会つてその威力を知悉していたものである。)らにおいて全く予想しておらず、スポイトの口を切除すれば本件爆発物は時限起爆装置が支障なく作動し、確実に爆発する性質、構造をもつていると信じており、また、一般人も本件の具体的状況のもとでは爆発の危険を生ずると信ずるに足るだけの事情にあつたものということができるのであり、これらによれば、原判示の被告人らの爆弾設置行為は、法的評価の面からすれば、爆発の危険を惹起させる高度の危険性をもつたものであつたといえるから、右の被告人らの所為は、爆発物取締罰則一条にいう爆発物を使用したもの、すなわち爆発物を爆発すべき状態においたものと認定し、同条を適用した原判決には所論指摘の事実誤認、法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。

なお、所論は、原判決は、被告人には治安を妨げかつ人の身体財産を害する目的があつたとの事実を認めているが、その点についての証明は十分とはいえないから、原判決にはこの点で事実の誤認がある、というのであるが、尾崎力、竹谷俊一の原審証言及び右両名の任意性、真実性に疑いのない検察官に対する供述調書によると、被告人らが原判示の目的のもとに原判示のとおり本件爆弾を設置した事実は明らかに認められ、右の点について原判決が示している判断は正当であるから、所論は失当で採用できない。論旨は理由がない。

また、所論は、原判決が所論指摘のような事実誤認をしたのはそのほかの数々の証拠の取捨判断に誤りがあつたためであると主張し、本件の現物は紛失された疑いがあるとか、主要物質の定量が特定されていないとか、各薬品本体の重量や起爆薬が計量されていないとか、和田実験をはじめとする検察官提出の各種実験結果に関する証拠は部分的、恣意的であるとか、指摘するのであるが、関係証拠によると、本件爆弾の現物が紛失した事実は全くなく、また、所論のいう実験が恣意的であると疑うべき証跡はなく、その余の所論指摘の事由はいずれも直ちに叙上の認定を妨げる合理的な事由とはなりえないものであり、そのほか原判決の証拠の選択判断にも不合理はないから、所論は失当で採用できない。論旨は理由がない。

四  控訴趣意第四について

所論は、原判決は、量刑事情についての事実誤認を犯し、酌量減軽及び未決算入の範囲についての裁量を逸脱した違法を犯した結果、被告人に対し苛酷な刑をもつて臨んでいるが、これは不当である、というのである。

そこで関係証拠を検討すると、本件はいわゆる共産同RGに属する被告人が、同組織の計画した警察施設等に対する爆弾闘争に加担し、ほか二名と共に時限爆弾を警察官派出所に設置してこれを爆破しようとしたという事犯であり、その罪質、態様、目的、動機、爆弾のもつ高度の危険性、人心に与えた不安と恐怖等に照らし、犯情はきわめて悪質であり、被告人の刑責は重大であるから、記録上うかがわれる被告人に有利な諸事情の一切を斟酌しても、被告人を懲役五年に処した原判決の量刑が重きに失して不当であるとは到底いえず、右の刑に未決勾留日数中六〇〇日を裁量により算入した点も本件の事案の性質、内容、審理経過にかんがみその裁量を逸脱したものということはできない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条により当審における未決勾留日数中四〇〇日を原判決の刑に算入し、当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項本文を適用してこれを全部被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 小松正富 佐野昭一 礒辺衛)

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